場所を変える。
『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼの居城の後ろに巨大な山の如く鎮座した『闇千年城』謁見の間では、『六王権』が側近より報告を受けていた。
「申し上げます。すでに全軍準備全て整い、後は動くのみです」
『影』の恭しい声に無言で頷く『六王権』。
『タタリ』が志貴達の手で一足早く滅ぼされてからと言うもの、彼らは息を潜め、極秘裏に軍勢を整え、作戦を練り、ここまで来た。
今や全軍いつでも戦端を開けるほどにまで、災厄は成長を遂げていた。
「陛下、いよいよ動きますか?」
『風師』の言葉に何故か首を横に振る。
「その前に全世界の人間共に宣戦を布告する。ヴァン・フェム」
「ははっ」
準備は?
声を出す事無く視線のみで尋ねる『六王権』に当然のように
「既に出来ております。陛下より賜りました、我が新たなるゴーレム『ダブルフェイス』の力を持ってすれば容易き事」
その報告に唇の端だけ吊り上げ、満足だと言う事を示す。
「よし、では宣言してやろう・・・お前たちの命運はまもなく途絶えると言う事を」
その声に『影』も『六師』も恭しく頭を下げた。
三『宣戦布告・・・開戦』
『全世界に巣食い、この星において既に害悪、害虫以下の存在と化した人類に対して『六王権』の名において宣言する』
その声は一切のタイムラグなく文字通り全世界に響き渡った。
それも全ては彫像の如く『六王権』の傍らに立つ成人男性とほぼ同じ体格のゴーレム『ダブルフェイス』・・・ヴァン・フェムが『六王権』の軍門に降り配下になった時、『六王権』より下賜された新たなるゴーレムの力によるもの。
戦闘能力は皆無に等しいが、そもそもこのゴーレムには戦闘の役目は与えられていない。
その能力は命令伝達等の伝令・通信更に情報傍受に特化されたもの。
今後、全世界に展開するであろう自軍を効率良く統括するべく、『六王権』が生み出し、そのプロトタイプが運用試験を兼ねてヴァン・フェムに下賜された。
このプロトタイプ一体だけでも全世界に範囲を持つ。
極秘裏に行われた試験結果は満足いくもので、このプロトタイプより通信範囲をやや狭めた量産型、量産型に改良を加え、水中にも使用可能な水陸両用型、同じく量産型を航空移動可能に改造した航空型が間も無く完成間近となっている。
頭部の正面に顔は無く、左右に無表情のそれが付いている。
ライトフェイス『レーダー』が発する強力な電波に乗って、ジャックされた映像がテレビやオーロラビジョン、ディスプレイ関係なく映し出され、例えそれを見ていなくてもレフトフェイス『マインド』の思念波が『六王権』の姿と声を全人類に飛ばす。
『貴様らは星を痛めつけ過ぎた。よって星の代行として貴様達を滅ぼす。一切の許し、一切の慈悲、一切の例外も通用しないものと知れ』
その声は大袈裟に騒ぎ立てるものではなかった。
だが、それであるが故に一層の重みが増す重厚な口上だった。
『数日の内に貴様らには星に与えてきた事への報いを全て与えてやろう。それまでの間、残り短い繁栄を謳歌するがいい』
その言葉が消えると同時に全人類に響き渡った声も映像も全て消え失せた。
宣言が終わり、『六王権』は『影』、『六師』を伴い、大広間に移動する。
そこでは既にブラックモアを始めとする、主だった死徒が集結していた。
「総員、時は来た。これより、人類の粛清を開演する」
朗々と響き渡る声にその場にいた全ての死徒が恭しく頭を下げる。
「作戦名『暗黒のイースター』を発動する、全ての死徒は所定の目的どおり動け」
『御意!!』
そこに『六王権』執事長に自然についたトラフィム・オーテンロッゼが一歩進み出る。
「では諸君、作戦の成功を願おうか」
オーテンロッゼの言葉と共に広間にうら若き少女達が縛り付けられた状態で運ばれてきた。
恐怖と絶望に既に涙も枯れ果て、助命を請う事もせず、ただ焦点の合わぬ瞳を虚空に向けていた。
その少女達の首をオーテンロッゼの手が振り下ろされると同時に、刎ねられ、噴水の如く鮮血がほとばしる。
「けっ・・・反吐が出る」
その光景に『影』も『六師』もフードに隠されたその表情を歪め嫌悪を露にする。
が、表に出す事はせずに、ただ憮然と立っていた。
そうこうしている内に、ワイングラスに先程の鮮血が並々と注がれ、彼らの手に渡る。
いつの間にか先程の死体は消えている。
おそらく外であぶれている死徒や死者に与えられたのだろう。
「では、『暗黒のイースター』成功を願って乾杯!!」
『乾杯!!』
さまざまな言語で乾杯の唱和がされ、鮮血を一気に飲み干し、ワイングラスを床に叩きつけた。
「うげぇ・・・あ〜気分悪い」
『闇千年城』に一旦戻った『六師』の第一声は『風師』のそれだった。
「う〜まだ口がべたべたするぅ〜」
それに付随して『光師』が泣きそうな声で訴える。
「ほらニック、これで口をゆすぎなさい」
『水師』が『ウンディーネ』の力を使って地面から水を湧き上がらせて、それをグラスに注ぎ差し出す。
「うん、ありがとう母さん」
「メリッサお前もゆすげ」
「はい、あなた」
「すまないが俺も少し頂くぜ」
「俺にも相伴を」
「すいませんメリッサ姉さん」
さすがに耐え切れないのか我先に水を口に含み、ゆすいで口内に付着した血を吐き出す。
「さてと次は口直しをと」
そういって酒を取り出す『風師』を『炎師』が即座に止める。
「まだ口直しは早い。最終確認があるだろう」
「あ〜そうだった」
「ったく・・・」
そう愚痴っていると『六王権』と『影』が入室してくる。
それを確認して『六師』はそれぞれの席に付く。
「揃ったな。ではこれより『暗黒のイースター』の最終確認を行う」
『はっ』
この時ばかりは『光師』も臣下としての礼をとる。
「まず、間も無く『暗黒のイースター』第零段階に入る。欧州全域にて攻撃を開始、それと同時に死者どもの環境を良くする。『闇師』準備は?」
「既に出来ています。陛下の御裁可あれば何時でも私の幻獣王で開始致します」
淀みなく返答する『闇師』。
「よし、その後、ほぼ全戦力を投じ橋頭堡D・D地区を完全に制圧、ここまでを第一段階、その後『暗黒のイースター』第二段階に移行。全軍を全方位に分散させて侵攻、人間は一人残さず駆除し尽くせ。死者に出来るのならば駒を増やせ、分担だが・・・『炎師』・『風師』」
「「はっ」」
「お前達は南方に向かい、聖堂教会を壊滅させろ。エンハウンス、ヴァン・フェムを連れて行く事を許可する」
「「御意!!」」
「次に『地師』、お前は東方に赴き魔術協会の一つ北欧の『彷徨海』を潰せ。その際、ネロ・カオスを伴え。奴は『彷徨海』の出自、役に立とう」
「御意」
「『闇師』・『光師』、お前達は西方へ軍を差し向けろ。ドーバーを超え、『時計塔』を落とせ。リタとオーテンロッゼを先陣としてな」
「「御意」」
「『水師』お前は遊撃部隊だ。スミレと共にバルト海から北大西洋全域を荒らし回れ」
「仰せのままに」
「鳥の王よ・・・いるだろう」
「・・・ここにな」
『六王権』の声に至極当然の様に応じ、相対する形でグランスルグが天井より降り立った。
「貴殿には欧州全域の空を支配してもらいたい。まずは欧州半島より人間を駆逐した後、世界全域を粛清する。その為にもここから逃げる人間を可能な限り、打ち減らす」
「・・・判った」
そう言って再び姿を消す。
「最後に『影』、お前は私の下で全軍の掌握に当たれ、伝令系統に関しては東方軍、西方軍、南方軍それぞれに『ダブルフェイス』量産型をそれぞれ一体配備させる。また海空の遊撃軍にも水陸両用及び航空型を配備させる予定だ」
『はっ!!』
「それと『炎師』ヴァン・フェムに『ダブルフェイス』プロトタイプを『闇千年城』において置くように伝えよ」
「御意」
「まずは地ならしからだ。橋頭堡を完全な手中に収めない限り侵攻も出来ぬ。その為にもこの近辺の教会、協会更には騎士団を殲滅させろ。一匹たりとも逃すな。総力を結集して奴らを潰せ」
『御意!!』
一斉に頭を垂れて席を立つ。
が、そこに
「皆、口直しだ」
柔らかい声で『六王権』が告げる。
いつの間にかワイングラスに発泡する液体が注がれて全員の前に用意されていた。
それを見た『風師』が口笛を吹いて歓声を上げる。
「陛下酒ですか?」
「そうだ」
「シャンパンですか?」
「あれ?僕の奴色が違うけど」
「それは『コーラ』と呼ばれる飲料らしい」
「えーっ僕も皆と同じなのが良い」
「贅沢言わないの『光師』」
「そうよ。あんた子供なんだから」
「ちぇ・・・こういう時だけ子ども扱いして」
ぶつぶつ文句を言いながら、それでも興味しんしんにコーラの注がれたワイングラスを見る。
「では全員・・・今回こそ我が宿願を果たすべく奮闘してくれ。乾杯」
『乾杯!!』
全員一気にシャンパンを、コーラを飲み干し床にグラスを叩き付けた。
「では『暗黒のイースター』第零段階に入る。『闇師』始めよ」
「御意」
そう言い『闇師』の身体から周囲の闇より深いそれが噴出し形作る。
そこから作り出されたのは姿形こそは『光師』の幻獣王『ガブリエル』に酷似した天使の姿。
だが、その天使の翼は暗闇よりも深い黒に彩られ、神々しさよりも禍々しさが際立っていた。
「さあ始めるわよ・・・『ルシファー』・・・闇を作りなさい」
その宣言と共に『ルシファー』・・・堕天使の名を冠した『闇師』が持つ闇の幻獣王・・・は天を舞う。
そして『闇千年城』上空でその黒き翼を羽ばたかせた。
すべてのチャンネルで報道特別番組が組まれ、先程の『六王権』と名乗った正体不明の存在についての激論がかわされた。
大方の見方は『テロリスト』・『圧制国家の手先』や、『愉快犯』と一般の常識を超えないものだった。
そんな中、真相を知るわずかな者達も会議を始めていた。
「まさかこんな大規模な形で宣戦布告を出すとは思わなかった・・・」
あの宣戦布告より半日後、『七星館』では志貴達が一堂に会し、志貴が天を仰ぐ。
「ああ、てっきり密かに動き、それで急にどんぱちをやらかすかと思ったが・・・」
士郎も苦虫を噛み潰したような表情だ。
「でもさ、おおっぴらに『六王権』が宣戦布告したから、向こうもやり辛いんじゃないのかな?」
さつきの楽観的な意見に複数の悲観的な意見が出る。
「さつき甘いです。現状では世界中の人間の九割以上が『六王権』が何者かもわかっていません」
「そうだよ。テレビでも『六王権』なんてそんな興味を持たれていないようだし」
「これで『六王権』に警戒しろなんて不可能ですね」
「そやな。ただでさえ今の世論は『六王権』を自分達の常識で判断しとるからの。さして気にもとめんやろ」
「それに警戒する時間を与えるとも思えねえな。あれだけ派手にぶちかましたって事は、裏を返せばいつでもやれるって事を意味してるんじゃねえのか?」
「そうですね。セタンタの意見が正しいと思います。おそらく一両日中には『六王権』側は何らかの動きを見せるのではないでしょうか?」
「私もセタンタとバゼットの意見に賛成」
「私もそう思うわ。念のためにリィゾとフィナ、それにプライミッツも呼んでおくわね」
「そうしてくれるか?じゃあリィゾさん達を後でこっちに連れてきてくれ。あとは、何処で蜂起するか・・・シオン、予測は出来そうか?」
「そうですね・・・ほぼ間違いなく欧州で行動を起こすと思います。ただ、詳しい地点までと言われると・・・」
「お前でも時間はかかりそうか?」
「はい、すいません」
「気にするな。今日まで『六王権』を発見できなかった俺達にも、責任があるからな」
そう言って茶を啜る志貴。
「とりあえず、リィゾさん達が来るまでとシオンが場所を特定できるまでは待機で行くか」
「ええ。これから連れてくるわね」
「頼むなアルトルージュ」
アルトルージュがまず居間を後にする。
そしてそれを合図として全員、思い思いに寛ぎ始めた。
「とりあえずニュースでも見るか」
そういって士郎がテレビの電源を入れ、適当にチャンネルを回す。
だが、ほとんどは相変わらず特別番組を続け、見当違いの議論を続け、一部のチャンネルでは既に報道特別番組を終了させ、通常の番組に戻っていた。
「駄目だな。こりゃいよいよ俺達で何とかしないと」
「ああ」
とそこにイリヤが声をかける。
「ねえシロウ、そう言えばワールドカップ始まっているわよね」
「え?ああ・・・そう言えばそんなのもあったな。良く知っているな」
桜や大河に言われれば意外でもないが、他ならぬイリヤがそんな事を口にした事に士郎は驚いた。
「当然でしょう。俗世の事には無頓着なのが魔術師の常識かもしれないけど、キリツグがお城にテレビを持って来た時に色々と私に教えてくれたから」
最も、自分も母、アイリスフィールも何がなんだかわからず、切嗣の極めて丁寧な説明でも一割すら理解できなかったと、本人は笑った。
「それに今回はドイツだから」
「ああそっか、一応地元だもんな。少し見るか?」
「ええ」
イリヤが頷くのを見てから士郎は新聞のテレビ欄からワールドカップを放送している衛星チャンネルに切り替える。
地元ドイツの試合ではないがサッカーの強豪国の試合が行われていた。
時差の関係で向こうは夜だ。
会場も満席で得点も0対0、試合はそれなりに白熱しているようだ。
と、そこで士郎は画面に眼を凝らした。
「??シロウどうしたの?」
「・・・おい志貴なんか様子おかしくないか?」
イリヤの質問を無視して士郎は観客席を指差す。
「どうした・・・おい、おかしいどころじゃないぞ」
志貴も頷く。
二人の視線の先・・・観客席の一角で観客が逃げ惑い始めていた。
しかも良く見ればその混乱は観客席の各所で起こっている。
状況が良くわからなかった二人だったが、その時テレビ画面に観客席がアップで映し出された。
それによって二人は・・・いや、世界中の人間はそれを見た。
恐怖に引き攣った顔で人並みを掻き分けて逃げる観客と・・・それを走るでもなく焦るでもなくゆっくりと歩き迫る虚ろな表情をした所々、肉体が欠けた血塗れの人間の群れ・・・
「「死者!!!」」
二人は同時に叫んだ。
その声に全員がやって来た。
「どうしたの志貴!!」
「やられた!!一両日所じゃねえ!!もう行動を開始していやがった!!!」
画面を見た全員が事態を把握する。
「こうしちゃいられない!!士郎飛ぶぞ!!」
「ああ!!」
直ぐに驚愕から脱した志貴が、『裏七夜』頭目の顔で士郎に指示を出す。
「私達も行くわ!!」
「当然俺も行くぜ」
更にメドゥーサ、バゼット、セタンタも立ち上がる。
「ああ頼む。こちらも一刻も早く飛んで頭を潰す。その上で更に『六王権』も」
「ああそれとアルトリアとも合流しよう」
「ああ」
頷き合い転移を行おうとした瞬間、
「志貴君!!大変!!」
アルトルージュが飛び込んできた。
それもフィナ・リィゾ・プライミッツが後ろから現れる。
「アルトルージュ?どうした?こっちも大変な事になっているんだが」
「ええ判っているわ。『六王権』が動き始めたんでしょ?でも欧州にはもう飛べないのよ」
アルトルージュの言葉に動きが止まる。
「?何、どう言う事だ?」
志貴の口調もつい詰問口調になってしまったがアルトルージュも気にする事もなく
「詳しくはリィゾ話しなさい」
「はっ、志貴・・・まずい事になった」
「まずい事と言うと?」
「欧州のほぼ全域が封印された」
「封印??」
「そうだよ。正体不明の黒い闇に覆われてね。普通の魔術活動は問題ないけれど空間転移を行おうとすればその闇によって弾き飛ばされてしまうんだ」
「現に姫様もその闇に弾かれてしまっている」
リィゾとフィナの説明に一同は絶句する。
「なるほど・・・死徒達の中にも魔術行使する者はいるでしょうから移動手段だけを封じたのですか・・・」
シオンが苦渋の表情で忌々しげに呟く。
「それと多分太陽の光も遮断するためにね。殆どの死徒や死者にとって太陽の光は天敵だから」
「で、姉さん封印されていない場所は?」
「封印されていないのはイギリス、イタリア、北欧スカンジナビア半島位ね、その他はイベリア半島から黒海及びポーランドまでは闇に封印されているわ」
アルクェイドの質問にアルトルージュも答える。
「そうなるとイギリスもしくはイタリアまでは転移で進み後は徒歩ないし車か・・・」
「だがそれだと時間が・・・」
「判っている・・・しかしそれしか・・・」
力なく呟く志貴。
士郎もそれ以上言えずただ黙り込むだけだった。
テレビ画面はいつの間にか臨時ニュースの画面となっていた・・・
その頃・・・『時計塔』でも『六王権』に関しての緊急会議が行われていた。
だが、その内容は志貴達のそれと比べるとある意味深刻だが遥かにくだらないものだった。
「そもそも!!“『六王権』の捜索はこれ以上不要。もし協力を欲してきた時には、それを利用して更なる代価を毟り取れば良い”と言ったのは貴公であろう!!」
「私はただ提案しただけ!それに嬉々として乗ったのは他ならぬ貴様らであるだろう!!」
「そうだ!今回の事態、責任は貴様らにある!!どう責任を取るつもりか!!」
「ふざけるな!!どうせ責任を取らせるのを良い事に自分達の勢力を強める気だろうこの強欲ども!!」
「・・・リン、私に言わせればどっちもどっちのような気もしますが・・・」
「同感ね」
あまりにも醜い内輪揉めを見ながら耳打ちするのはリンとアルトリア。
何故ここにいるのかと言えば、『時計塔』の関係者で『六王権』の姿を実際に見たのはこの二人だけである為だ。
二人に真実『六王権』であるかどうか招聘し確認を取ったのだ。
周囲は違うと言う言葉を聞きたかったようだが、凛もアルトリアも見間違える筈もなく間違いなく『六王権』だと証言した。
そこからが大騒ぎだった。
瞬く間に誰が責任を取るのかだの、自分達に責任はないだのと責任の擦り付け合いが始まり会議の名を借りた罵声の浴びせ合いが半日以上続いていた。
しかもそこにおいて傍観者の立場を取ったのは凛達だけではなかった。
「まったく優雅さの欠片もございませんわね。おまけにトオサカの隣に座るなどかつてない屈辱ですわ」
「何でそこに当然のように座っているのよルヴィア」
そこに座っていたのは青のドレスに眩いばかりの金の髪を縦ロールに巻いた少女・・・ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトだった。
「あら私も呼ばれたからいるだけですわ全く、猿に等しいトオサカの脳みそではそのような単純な事もわからないのですか?」
「あらそうですか?何かと言いがかりをつけて強引に会議に参加したのを呼ばれると言うのですね?さすがはハイエナのエーデルフェルト、マナーも格が違いますわね」
皮肉を言い合い睨み合う。
(これは同族嫌悪と言うものでしょうか?)
内心で呟くアルトリア。
傍目から見れば凛とルヴィアは似た者同士だった。
そんな中、お偉方の罵り合いにまるで興味が無いのか院長補佐バルトメロイ・ローレライは配下の『クロンの大隊』員に対して、情報収集などの指令を下していく。
そしてもう一人我関せずとばかりに明後日の方向を不機嫌そうに見ている、腰の辺りにまで髪を伸ばした三十代ほどの青年。
彼こそ時計塔の名講師、ロード・エルメロイU世。
『彼の生徒となった者で王冠(グランド)に至らなかった生徒はいない』と言わしめる当代屈指の名講師。
そして凛の『時計塔』における後見人でもある。
「どちらにしろ、このくだらない会議が終わったらもう一度士郎と連絡を取らないとならないわね」
「はい、その通りです」
そう二人が小声で話し合い、頷きあった瞬間、会議室のドアが勢いよく開かれた。
「た、た、たたたたたたた・・・大変です!!!」
「何だ!!無礼な今重要な会議中だぞ!」
そういって追い出そうとした男の手が一人の声によって止められた。
「構いません。何があったのか報告しなさい」
バルトメロイの声に不服ながら席に着く。
「は、はい・・・ろ、ろ、『六王権』が動きました」
「!!」
全員一斉に立ち上がる。
「場所は?」
「ドイツ・・・ワールドカップ試合会場に死者が大量に投入され現場は大混乱に・・・」
「ちょっと・・・それって・・・」
ドイツと言えば現在サッカーワールドカップが開かれている。
ドイツ自体の総人口はおよそ八千四百万、そこに世界各国から代表の選手団やサポーター更にはVIPが何十万と入国している。
「まずいわよ。そうなると・・・」
その語尾をかき消すように『クロンの大隊』の隊員が駆けつける。
「バルトメロイ!」
「どうしました」
次の言葉にさしものバルトメロイの表情もややこわばった。
「欧州のほぼ全域が正体不明の闇により封印されました。転移魔術での移動は・・・不可能です」
痛々しすぎる沈黙が辺りを支配した。
所を変える。
バチカンでは、志貴達よりも魔術協会よりも速く、そして正確に深刻な事態を把握していた。
それはワールドカップ試合会場襲撃の半日前・・・すなわち『六王権』の宣戦布告発令直後・・・にまで遡る。
「何だと?」
各地から死者の襲撃が報告された。
ここ数ヶ月鳴りを潜めていた死者達が再び動き出した。
それだけであればさほど気に留める事もないだろう。
基本的に死者も死徒も血がなくては自身を維持出来ない。
多分『六王権』の宣言に呼応しての行動だと推測された。
「直ぐに代行者を派遣し滅せ。どの道一体や二体であればどうと言う事もない」
「そ、それが・・・」
だが、一点だけ桁違いの事があった。
それは発生件数。
最初の報告から僅か三十分で千件に上った。
いや、自分達の目の届かない所でも起こっているのだとしたら下手をすれば一万を超えるかもしれない。
それがよりにもよって欧州全域でばらばらにそれなのに同時時刻に動き始めた。
各地の代行者は次々と死者を討ち取っているようだが、それにも限界がある。
ここに来てようやく教会側もこの死者襲撃が偶然や『六王権』の宣言に乗じたものではなく『六王権』側の攻撃だと悟らずにはいられなかった。
それに追い討ちを掛けるように、欧州全域を闇が覆ったとの報告がもたらされた。
「闇の中の通常の魔術行使は可能です。ただ、転移などが完全に封じられ物理的な移動手段しか方法はなくなりました」
その封印の内容を聞いた時、
(これは志貴君達の援軍を遅らせる処置ですね)
その封印の真意をいち早くエレイシアは察した。
今の所は欧州は夜の為。、それほどパニックは起こらないだろう。
だが、夜明けが何時までも来なければ容易く混乱を引き起こす事が出来るだろう。
「どちらにしろ一つ一つ潰さねばきりが無いだろう。全代行者を各地に向かわせろ。一体でも多く滅ぼすのだ」
号令の元連絡が各地に飛ぶ。
「これは大変な事になりましたね、シスターシエル」
そう言って近寄るのは三十代半ばか四十代前半と思われる眼鏡をかけた強面の神父。
ダウンと通称で呼ばれる男で埋葬機関の暫定ながら第六位に任じられている男だ。
だが、その実力ははっきり言えば一般人となんら変りはない。
信心は聖書を枕代わりにして寝る程度の物であるし(これについては埋葬機関は信心よりも実力重視で選ばれているので特に問題は無い)、血を見ればパニックを起こすような小心者である。
なぜこのような男が、代行者・・・それも埋葬機関と言う徹底した実力主義の機関に編入されたのかが不思議な位だった。
スカウトしたのは無論ナルバレックだがその経緯は一切誰にも話そうとはしなかった。
それゆえ埋葬機関では物的、人的な輸送役・・・早い話雑用係として、後方支援に回っている。
「そうですねダウン、転移が使えないとなれば貴方が頼りとなりますからね。期待させてもらいますよ」
「まあ最善は尽くしますがね」
そう言ってその強面には似合わないほどの温厚な笑顔を見せるダウン。
そこへ
「大変です!!」
「どうした??」
「ろ・・・『六王権』軍が動きました!!ドイツ全域で死徒及び死者が大量出現!!現地は大パニックに陥っています!!」
「被害は!」
「それと敵の数は?」
「詳しい報告が無いので・・・詳細は不明です。『六王権』軍の数も不明です・・・ただ、現地の断片的な情報をまとめると一万や二万で聞く数ではないと・・・」
「ま、まさか・・・」
誰かが掠れた声を上げた。
誰かが生唾を飲み込む。
「推定ですが・・・五十万から百万・・・もしくはそれ以上の軍勢が・・・ドイツを席巻しようとしています・・・」
その頃ドイツは・・・阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれていた。
乗用車は至る所で爆発炎上し、無残な残骸を晒している。
電気照明も全て砕かれ、至る所で燃え盛る炎が明かり代わりとなっている。
それは建物であったり、車であったり・・・時には人間自体が燃えている事もあった。
肉やら髪やらが燃える異臭は充満する血の臭気と混ざり合い、空気が腐りよどんでいる錯覚すら起こした。
人々は息も荒く必死に逃げ惑うが、たちまち死者に捕まり命と血を貪り食われる。
いや、食われるだけならまだ幸福だろう。
死者に襲われ殺された人間の大半は新たな死者として生者を仲間に引きずり込もうと迫る。
このような光景がドイツ各地で続発し、『六王権』軍は秒単位でその数を激増していた。
政府も軍も完全に不意をつかれ、茫然自失のままその機能を失い崩壊していった。
事態が全世界に映像として伝えられてから僅か三時間にして・・・もはやドイツは死の国と化していた・・・
「さて・・・後は・・・ここにあるって言う騎士団の本拠地か?」
その惨劇をみて表情はおろか眉すら動かさずのんびりとこれからの事を確認するのは『風師』。
「そうね。今のところリタの軍に攻撃を行わせているけどさすがに防備は固いわね。まだ陥落していないわ」
それに応じたのは『闇師』。
「急がないとなるまい。騎士団が踏み止まればそれだけ生き残りが多く逃げ出すからな」
「ああ、既に後方に回り込ませようと左右から迂回させているが所詮は徒歩、かなりの時間を費やすだろう」
『炎師』の懸念に『地師』が淀みなく答える。
「そうですね。私達も北上しましょう。もはやこの国は北部の一部を除いては私達の手中に納まっています。もうここで軍を統括する必要も無いでしょう」
「後は死者達に好きにさせておけば自然に終わるよ」
『水師』が『地師』の言葉を補うように更に語を紡ぎ、『光師』もそれに頷く。
「んじゃさっさと騎士団とやら潰して、第二段階に進めようぜ『暗黒のイースター』を」
『風師』の宣言に当然とばかりに頷いた『六師』はその姿をかき消した。